2011年10月14日金曜日

ラピュタの世界

ソロモンは第二次大戦の舞台になったこともある国
たくさんの日本兵も死んでいて今でも、遺族の方々が遺骨を探しに日本からきている
戦争の影後が見られるところもいくつかある。
戦時中の日本の船が海に沈んでいるのは、以前プログでも紹介した
そして今回は、当時のアメリカの水陸両用車が置き去りにされている場所へと連れていってもらう機会があった。
首都から車で走ることやく30分強。

メイン道路から脇に入りしばらくすると
!!!!
いきなり見える戦車みたいなの!!!
近づいてみると。。。植物が多い茂っている。。。!!
戦車みたいなのから木が生えている!!!









広い敷地に30台くらいの水陸両用車がそのままの状態だった。
両用車の中からパパイヤが生えていたり














木の根が覆いかぶさろうとしていたり












人と自然と時間が作ったリアルなラピュタの世界って感じでした

その土地の所有者が管理しているようで、アメリカ兵のヘルメットだって
言ってたくさんのヘルメットもどこからか出してきてくれました。












今でもたくさんの日本兵の遺骨がソロモンに埋まっているようで、
毎年、遺骨収拾団体がやってきては遺骨を探して日本に持ち帰っているようです。
不況と言われている日本。というか世界(?)
私は生きてはいないけど戦争時代よりは、平和なはず。
やりたい事がやれて、行きたいところに行けて、食べたいものが食べられて、
もっと生きていられる事を自覚して、感謝していくべきだと思わされる。
色んな問題はあるだろうけど、2度と戦争だけは起こってほしくないと願う。



幼稚園見学

首都の幼稚園もいくつか見学に行ったんだけど
今回は 日本の大学の教授が調査にソロモンにいらっしゃっていて
私もお話する機会を作ってもらった
私は幼児教育隊員としてはソロモンには初の派遣になる
隊員ではないけど同じ職種の方と話せる機会はとってもありがたかった
しかも教授!!
たくさんの、アイディアとモチベーションを頂きました:)
そして教授と一緒に首都にある幼稚園に行った
規模も大きいぶん、子どもの数も多い!
ちゃんと年齢毎にクラスが別れているし、クラス毎に先生がいるし
幼稚園だー!って感じだった
子ども達も外人に慣れているんでしょう
私にビビることなく、すぐになついてくれてすんごいかわいかった
村の子ども達ももちろんかわいいんだけど、
ピジン語(ソロモンの共用語)が子どもにはあんまり通じないくて意思の疎通も困難だし、
小さい子になると私の肌の色で泣かれたりする。
少し大きい子でも恥ずかしがり屋さんが多いので(それがまたかわいいとこもあるんだけど)
初めは慣れるのにけっこう時間がかかったりする。
どこの幼稚園でもある集まりの会でのお祈り















8時半くらいに始まり、10時から休憩
この時間がご飯の時間(ご飯やパンやらビスケット、お菓子などそれぞれ持ってきたものを食べる)
初めはこの生活時間に少し驚いたけど、幼稚園だけでなく小中高とこのシステムです。
ソロモン人はゴミをゴミ箱に捨てるって習慣がないので、休憩の後はすごいゴミが散乱するんだけど、この幼稚園は子ども達がゴミ拾いとホウキで掃いていた。ちょっと驚き! ちゃんと教えられているところがあってちょっと安心もしたりする。













休憩の後はfree play 子ども達はそれぞれ自分が好きな遊びをする
ブロック、人形、塗り絵などなど。。。
この子は 胸をはだけさせて渋い感じで熱心に白雪姫の色塗りをしている















最後のお集りでは、子どもたち皆で踊りつきの歌を歌う



国が違っても、言葉が違っても、肌の色が違っても子どもたちの元気いっぱい度は日本と同じだなぁ♪












私が選んだ将来美人になるで賞

2011年9月27日火曜日

CHENGE

もう2週間前くらいになるけど、引っ越しました
小、中、高校の敷地内に小学校の先生と3人暮らししてたんだけど
引っ越しの発端は、学校の会計士の酔っぱらい
(後から飲んでたことはわかったんだけど)の1言から。。。
お前はそこに住む資格は無い。。みたいなことを言われ。。。
私もその時は反論し、感情的になってしまったけど、
何でそんなこと言われるんだろうってすごいがっかりとちょっと怒りと。。
で思いっきりその後、家に帰って泣いた。久しぶりに、
息がまともにできないくらい泣いた。
活動がうまくいってないというか、
何をやっていいかわかんなくて、
村人たちのあまりにも何でもゆっくりのペースに慣れきれてなくて
1人でちょっと焦ってたのもあるのかもしれない。
色んなたまったものが一気に吹き出した感じで、
思いっきり泣いた。
そして次の日に家出した。。。(笑)
家出って行っても、首都にあがってきて事務所の人に相談に行っただけだけど。
赴任地を変更したいとまで思った。
事務所の人は意外にも任地変更の希望を認めてくれた。
今までもいろいろとベティバツは問題あったしね。この際、
いっきに手をひいてみるのもいいかもねって。。。
(色々と問題ってのは私だけでなくて前任者のときもまあちょこちょこあったみたい)
この一言で私のこのどんよりとした気持ちが少し軽くなった
それならもうちょっと頑張ってみようかなって。。。
そして、私は村に戻ることになる。。。
そして1つの村がすぐにでもおいでって言ってくれて
引っ越しの手伝いもしてくれた
(全部こどもたちが私の荷物を抱えて山道歩いて抱えて持っていってくれた)
引っ越したその日は子ども達が全て私のお世話
レインタンクがないので風呂は川になった
子ども達といくと頭から身体まで子どもたちが数人がかりで洗ってくれてVIP待遇だったし、
その日の夜は村中の子どもが来て歌とダンスを披露してくれた。



次の日は、土曜だったこともあって子ども達とピクニック

米やら缶詰やらヌードル持って、1時間くらい川沿いを歩いて。。。
河原でご飯をさっそく作る子ども達。

まだみんな小学生なのに、ちゃんとそれぞれ分担で薪集めてきたり、



石を重ねて鍋をかけれるようにしたり。。。
こっちの子どもはよく手伝いをやるので家事なんてみーんなできる。しっかり者の子ども達。






バナナの葉にご飯のせてヌードルのせてみんなで輪になって食べて。。。



泳ぎまくって、写真とりまくって(子ども達写真大好き)








今まで学校の敷地内だったからあんまり、
幼稚園意外で子どもと遊ぶ機会がなかったし、
村を満喫したーって感じだった
まだまだこれから長いからこれからどんどん満喫していくんだろうけど
とっても楽しみになりました♪

生活は薪ストーブからガスにガスストーブになったけど、
風呂、洗濯なんかは川になった
薪ストーブが恋しいけど(
薪のほうが時間はかかるけどおいしいし、楽しい♪)
部屋は広くなったし、蚊もネズミも少なくて眠りも深くなった
また違う生活になって これからがまた楽しみになった感じです

2011年9月7日水曜日

pig pig まつり

噂には少し聞いていたピグピグ(豚)祭り
定期的にやるんじゃなくて、豚が揃ったらやるまつり
前回は2年前にあったみたいで、行ってきました!!
村の人たちは100匹の豚を男たちがジャンプしたりダイブしたりして
つかまえるんだ!!って興奮気味に話してくれてたんだけど、
すごーい!って聞きながら100匹〜?ってちょっと疑ってたんだけど。。。
いざ村の子たちと一緒に行ってきました!
山道を登って約1時間半。山の頂上にある村で360度下の景色も見えて
眺めはすごいよかった♪
朝7時過ぎくらに出発して、村に近くなってくると村人の歓声が聞こえてくる
なんかワクワクしてきた
子ども達と歩く足が自然に早くなっていってました(笑)
村に着くともう始まっていてたくさんの人
すると豚が向こうからブヒー!って叫びながら走ってきて、その後ろから男の人が追いかけて、豚にダイブして捕まえてました
おー!!って興奮して見てると次から次へと豚が出てきてどんどん男が捕まえます。

男の力と勇気試しを見せてるって感じでした
見てるほうもやってるほうも、村人たちは大はしゃぎ
豚小屋があってそこから1匹づつ放されて、
豚が逃げるように棒で叩いたりしながら走って逃げ出したところを男たちが後ろから飛び乗るって感じです
捕まった豚は手足を縛られ、並べられていきます




100匹は言い過ぎかもしれないけど、100匹って言いたくなるくらいの
たくさんの豚と迫力でした。
全部の豚を捕まえおわると、1番大きい豚を葉っぱで装飾して担いでみんなにみせます。









ナイフでこすって落としたあとは、お腹を割って内蔵をとりだします。


内蔵もソロモン人は食べるようで、村人が洗って各自持って帰ってました。

ピグピグまつりは 伝統行事のようなものらしく前回もらった人たちがお返しをするような感じらしいです。豚の足をもらったら今回も足をあげてお返しする。みたいな。。。
昔はみんな配ってたそうなんですが、最近は売ったりもしてるそうです。
ちなみに今回はけが人1人。豚のキバが腕にささったそうです。
病院に運ばれました。

豚を殺す瞬間とか、解体作業のときとかやっぱり、うっっ。。。ってなる感じだったけど、その日の夜は少し豚をお裾分けしてもらったんだけど、
おいしく頂くことができました。

まつりにいた、ハイセンスな民族衣装的な服を着ていたおばあさん

2011年9月4日日曜日

大使館の支援で首都のホニアラに幼稚園が建設されている。
その幼稚園に壁画を描くことになり、私も1週間まるまるお手伝いさせてもらいました。

絵が上手な先輩隊員が下絵書いてそれを拡大コピーして
(A4サイズの紙しかないから1枚1枚張り合わせました)










その下絵の裏にカーボン紙を張りつけて















壁に下書きしていきます。








1日目終了




2日目からはペンキで色をつけていきます。
基本的には3人でやって、月曜から土曜までかかり仕上げました。
最終日は土曜だったから仕事じゃない隊員も手伝いに来てくれて、
みんなでペンキだらけになりながら塗りました



サイド










反対サイド













皆の名前も壁に残しました
















正面入り口





この幼稚園は海沿いに建っていて入り口から反対側の海が見える、
立地的にはすごくいい感じの幼稚園
ソロモンの幼稚園はまだ始まったばっかりだし、建物も少ないので
日本みたいに年齢毎に教室があるなんて立派な幼稚園はまだまだです。
広い1ルームになっていて、そこでたくさんの子どもがうじゃうじゃって感じでやっているのが
普通です。


ソロモンに自分がやった何かが残るって自己満足なだけだろうけど、
すごく達成感もあって完成した後も、いつまでも絵を見てひたっていました。。。笑
他の隊員と力を合わせて、何かをやるっていいなぁってすごく思わされるいい経験でした。



5ヶ月終了

もうソロモンに来て5ヶ月がすぎた。先を見ればまだあと1年と7ヶ月。
まだまだあるけど、もう5ヶ月経って私は何ができたのか。。。?
ソロモン人が少しわかった。村での生活に慣れた。村での生活と言っても
電気、水道なしの生活。
これは結構始めの方からあまり苦労なく入っていくことができた気がする。
今でも薪での炊事は好きだし
(米は特にガスよりもやっぱり薪のほうがふっくらと炊けておいしいですね)、
レインタンクの水はおいしく飲めるし(
ちなみにお腹を壊したことは1度もまだありません。水道水よりもおいしいです。)
日が沈んでからのレインタンクで外での水シャワーも普通になっている。
(最近は南半球は冬だから日が沈むとぐんと寒くなるから、
ちょっと遅くなると水シャワーは冷たくてちょっと勇気がいる)
ただ、やっぱりまだまだソロモン人の気質とか文化、習慣などはまだまだ、
理解しがたかったりわからないところもたくさんです。
私の任地先の村は、代々ボランティア隊員が入っていてジャイカや日本大使館、
日本の団体からの支援が入っていて、
日本だけじゃなく隣国の先進国からの支援も多い。
だからいわゆる支援慣れしていて、もらうのが当たり前みたいな感覚を持っている人たちが多い。
私のボランティア隊員としての立場はお金の面での支援ではなく技術支援なので、
基本的な考えは現地の人たちに幼児教育の大切さとか指導方法なんかを指導するってのが、
目的なんだけどまぁそんなうまく事は進みはしない。
村人たちは私が建物を建ててくれると思っている。
村人たちは私が日本人だからお金をもっていて、
何でもいいものを持っていると思っている。
ソロモン人はもらえるものはもらおうという気持ちが強く、
ダメもとでよくアレもってない?とかこれちょうだい。
とか当たり前のように聞いてくる。
やっとその物くれくれ攻撃に慣れてきて、
回避の仕方なんかも少し身についてきた気がする。
近所の若い子がヒマだからって、
何をしに来たわけでもなく無言で家に入ってきて、
勝手に家にあるラジオとか人の携帯でゲームやりだしたりしてるのにも、慣れてきた。
ソロモン人の噂好きで陰では悪い事を言ったりするくせに、
人の前ではいい事しかいわない。ものすごく八方美人もいいとこ。もわかってきた。
(これは良くも、悪くもある。
決して人の提案ややることに否定はせずに賛同する。
とりあえずはやらせてくれる。ただ明らかに間違っていることや自分のほうが知っていることでも、
否定はしないから2度手間になることもある)
そんなこんなで少しずつ、ソロモン人とは。。。ベティバツの人たちとは。。。
私の観点からだけど、見えてくるところもでてきた
私に何ができるか。何が残せるか。。。
自分の中で色んな葛藤や考えさせられるところはたくさんあるけど、
ぼちぼちとあまり先の事を考えすぎず今の自分にあった出来る事を1つずつ丁寧にやっていけたらと思う今日このごろ。

近所の学校の先生の娘ジョエ
ラジオから曲が流れているとラジオの前に立って腰を振って踊るのがこれまたかわいい

2011年8月27日土曜日

幼稚園建設

今 私が巡回している幼稚園の1つは日本の遺骨収拾団体
(ソロモンは第二次世界大戦で日本とアメリカが戦った舞台になったところでもあり、今でも多くの当時の兵隊さんの遺骨が残っており遺族が遺骨を探しにやってきている)
の支援により幼稚園が建てられている。
日本からの支援は建設費用なので、
建設にあたっては現地の村人がやっている。
一応 専門の建設する人が村にいるものの建設道具は
ほとんど日本みたいにそろっているわけでないので、
すんごく時間がかかる。
私が派遣される少し前から建設は始まっていたみたいなんで、
5ヶ月くらいはもう経っているんだけど、日本の何倍もの時間がかかる。。。
私もちょっと前に手伝ってみたんだけど、そりゃ時間かかるね。。。
といった感じ。
セメントなどを市内から買ってもってくるんだけど、
それもトラックで運ぶとなると雨が降ればベティバツの道路は
べちゃべちゃになるので資材を運ぶことができない。
晴れが数日続いて道が乾くのを待たないといけない。
そして作業の殆どが手作業と言っていい感じなのだ。
初めて私が作業を手伝ったときは私と
建設を主にしている人(マンギさん)だけの2人で、
床の基盤になる部分に土砂を埋めていくんだけど、
それを1輪車で数百メートル離れたところから運ぶ。
1輪車は1つしかなく、私は農道を1輪車を押していくほど力がないので米袋に入れて運ぶ。。。
そしてペットボトルにセメントをいれて固めた重しを持ち上げては落として平に固めていく。。。。
この作業をただひたすら1日やっていました。
そして2回目の私が手伝った日は村人が何名か手伝いに来てくた日で、
女性が大きな米袋に土砂を入れて運ぶ作業をひたすらやりました。

ソロモンの女性はとっても力持ちで働きものです。


今度は集めた土砂をセメントの粉と混ぜ合わせて床の部分をセメントで埋めていきます。このときもセメントと土砂を混ぜるのはもちろんスコップで、セメントを流した後は木材で平にのばしていきます。

この日は10人くらいの村人が手伝ってようやく床の部分のセメントが終了。
壁になる木材も近くの山から切ってきます。
やはりソロモンはすごく木に恵まれているので、木材は簡単に手にはいります。
家を建てるときも近くの山から木を切ってきて建てるって感じ。
特にベティバツは山の中の村の中なので、木には困らないって感じです。
まだまだ幼稚園完成は先のようです。

2011年7月22日金曜日

ラバラバ

ソロモンで特に女性は1人に1枚は必ず持っているラバラバ
単なる布切れ1枚なんだけど まぁこれが色んな用途で使われています
こっちに来てとりあえずラバラバは1枚買っておいた方がいいよって言われていました
お風呂が川かレインタンクでも外での水浴びになるから、水浴びの時はラバラバ使用です。
1枚布を身体に巻いて、水浴びします。
だけど、ソロモン人と生活をしていくと、ラバラバも水浴び用だけでなく
色んな用途で使われていることがわかってきたのでここで紹介したいと思います
まずは 基本的な使い方
● 身体に巻くパターン

幼稚園の先生ジャネット 彼女は水浴び中でもないんだけど ちょっと話しをしにジャネットの家に行ったらラバラバ1枚ワンピースでした
まぁ水浴びの時も同じような巻き方です
家でゆっくりしてる時はソロモン人女性は
ラバラバ1枚はよくあります




● おんぶひもパターン
子どももこれは普通のおんぶひもより気持ちよさそう











● だっこひもパターン

全体が写ってないんだけどこのパターンはここ最近はよく日本のママたちも
多い使われ方ですね
これも赤ちゃん気持ち良さそう





● ドア代わりに。。。
私の部屋はドアつけてもらったんだけど、シェアメートの部屋のドアはありません。。。なもんでラバラバつけてかるいドア代わりにしてます
結構、ソロモンの家はドアない部屋多いです。
窓にかけてカーテン代わりにもよく使われています
(というかカーテン売ってないのでラバラバしか使われてない)












● アイディア商品!!



シェアメートの部屋で見つけた!今年違う島から来た新任の先生とうこともあるだろうけど、部屋は物も少なくてシンプル。
洋服ダンスなんてもちろんない。ラバラバをうまく使っての洋服収納品
物がないならないで、工夫して使われているとこもたまーにある。




工夫品つながりで

ソロモンでたくさんの人から支持が高い商品
これは米袋バッグです。。。



初め見たときはえ???笑
 って感じだったけど、米袋だから頑丈で雨に濡れても染みないしなんといっても米食べ終わってからの使い回し。なんとエコなんでしょう。
このアイディア商品には私も驚きと関心でした。
この少年は家にやってきて多呂(里芋みたいなソロモンの芋)喰いたいか?って行ってじゃぁちょっと待っててっていってタロイモこのライスバッグ一杯に撮ってきてくれた時の1枚。
学校行く生徒たちもノートやらをこのバッグにいれて通学している子多し。
ソロモン隊員も使っている人もたまにいて 頑丈でいいのだそう。
ないならないなり色んな工夫が見られます




ないつながりで。。。。
ソロモンでは缶詰はかなり重宝品です。
ツナが殆どだけど、その他も。。。
だけどこっちの缶切りはまぁあけにくい。。。
でも必要だからと思って買ったんだけど、私のシェアメートはナイフで官を開けます。ある日気づけば缶切りが行方不明になって、初めはシェアメートに手伝ってもらいながらだったけど、今では私もナイフで缶あけれます♪
最初は日本人だから何もできないって思われてたのが悔しくて(実際ソロモンでの生活では、火を起こしたり、畑耕したり全くできない同然だった)できるだけ彼女たちと同じようにやれるように、やってきて少しずつシェアメートもやれるじゃぁん!ってちょっと仲間に入れた気分です:)
まぁ日本ではそんなできても、使えるときはあんまりないんだけどね。。。
ちなみにシェアメートは普通のスプーンで缶をあけることができるのだそう。。。

2011年7月10日日曜日

ワークショップ in  ヴィサレ

体育隊員の先輩隊員がワークショップを行うということで、
私も参加することに。。。
同じ島のガダルカナル島の西のほうにある首都から車で約1時間くらい走っていくとあるビサレ村。
そこの学校でワークショップに参加したんだけど、まぁ環境がとってもナイスなとこでした。
学校の敷地から歩いて1分でキレイなビーチがあって、道もコンクリート道じゃないけど、平な道。
まぁ歩きやすいこと。
一緒に行った子どもたちとさっそく泳いじゃいました。











ビーチに生えていた木からたくさん落ちていた実
それを石で割って食べる子ども達
ナリーナッツって呼ばれる木の実で結構小さいんだけど、味が濃くて深い味










そして本題のワークショップは前半は講義
ワークショップの内容は体育隊員プロデュース 体育授業の組み方
受講者は先生だけどまぁ気楽な感じでやっぱりソロモンタイムで
受講者の先生達も予定開始時間より30分遅れでみんな集まり開始
集合はゆっくりだけど始まるとけっこうみんなノートとったり
真剣に聞いている様子でした











講義が終わり 後半は実践編でサッカーボールを使って
ミニゲームなんかしたり みんなノリがよくてよく笑うし
ゲームになると みんな必死!!
ソロモン人は恥ずかしがり屋さんが多くて特に新しいこととか皆のみてる中でやるとなると控えめなんだけど、いざやるとノリはいいし
大はしゃぎで楽しい
そんなワークショップ2日間も終わって しばし楽しみました
夜は ビサレに住んでいる隊員2人が竹を山からとってきてくれて
なんと流しそうめん!!をやりました


日本でもこんなちゃんとした流しそうめんやったことなかったから
すんごい楽しかった♪

私の任地 ベティバツは水がすんごい貴重になってくるんだけど
ここビサレは川の水を配水管を通して村まで引いてきてて
水が常に出てる状態
ベティバツでは考えられない状況で 水の豊富さですごい
街の豊かさが感じられました
水の大切さをすごく身にしみて感じている今日この頃です
昔は文明は川の側で発達したようだけど 大納得!!
生活に水はかかせませんね!!
電気なんて人間にとって便利なものであって 必ず必要ってわけではないな。。。って 
思わされてるソロモンライフ




学校から歩いて1分のヴィサレの素敵なビーチ

















追伸
ワークショップをやった教室は日本でいう小学4年生のクラスで
教室内は子ども達が描いた絵が飾ってあり
すんごくうまく描けてるので興味深く見てると
さらに興味深い絵が1つあり 思わず写真撮っちゃいました

見えますか。。。?
縦に撮った写真が横のままで見にくいかもだけど
人の顔がうまく描けてるんだけど なぜか頭から何かが生えてます!!
これはどういう状況なんでしょうか。。?
他の子達の絵を見てもみんなソロモンの家やら庭を描いていて
特に絵のお題は空想世界とかそんなんじゃないみたいで
普通に生活の1場面を描いてるんです
この子も 人の顔の他は家とか描いてるんだけど
なぜか人の頭から何かが生えてる!!
この絵を描いたときのこの子の頭の中の想像の世界を見てみたい☆

2011年6月13日月曜日

鶏 

先輩隊員が村から鶏をもらってきた
袋(といってもヤシの葉であまれたもの)に
入っていた鶏
袋から鶏だしてるとこ



とっても頼りになる鶏をさばける先輩隊員が。。。。


まずは血抜き
首にナイフをいれて





頭を切り落とし





血が出なくなるとお湯に一度つけます
そうすると羽がとりやすいそうです

簡単にぽろぽろと羽がとれていきます

鳥の姿からだんだん
肉屋さんで見られる状態になってきた



全部羽を取り除いて。。。


15分前はコッココッコ鳴いていた鳥が
こんな姿に



とっても手際のいい先輩隊員の手により


鳥さしみや内蔵の焼き鳥などなど




初めての鶏をさばくとこを見てうーって思いながら
見たら食べれないんだろうなって思ってたけど
いざ、お皿にのってでてくると
うまい!!
なかなかのいい経験をさせて頂きました
(見てただけだけど。。。)